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アンティークウォッチの嗜み方

Continuer Extra Space|CREATOR’S COLUMN
2017.12.05

Masayuki Hirota|
How to Taste Antique Watch

“時計ハカセ” によるアンティーク年代の腕時計に関する基礎的なお話

時計が好きになったのは、確か12歳か13歳の時だったと思う。父が買ってきた『腕時計』という文庫本を読んで、かっこいいと思ったのがきっかけだ。掲載されていたのはほとんどがアンティークウォッチ、つまりは昔の時計で、しかしパテック フィリップだのオメガだのロレックスだのは、中学生にはとても手が届かなかった。初めて買った時計は、1950年代製造のシーマ手巻きだった。お小遣いを貯めて南青山のアンティークショップ、ホームラン商会に出向き、一番安いこの時計を選んだ。値段は確か1万2000円。高校に入学した時は、奮発して50年代のオメガ「コンステレーション」を手に入れ、大学1年の時に、大枚をはたいてレストアした。

 

大学を出た後、普通の勤め人になったが、時計好きが高じ、やがて時計雑誌で記事を書くようになった。取り上げるのはほとんどが現行品だが、買うのは相変わらずアンティークウォッチが多い。現行品も買えと文句を言われるが、高くてそうそう買えない。それにアンティークウォッチには独特の面白さがあるので、ついつい手が伸びてしまうのである。

では何をもってアンティークウォッチと定義するのか。正しくは100年以上前に製造された物をそう呼ぶが、私たち時計関係者は、普通、1970年以前に作られた時計をアンティークウォッチとみなしている。さすがに100年前の時計は実用に向かないが、1950年代以降に作られた時計ならば、いくつかの注意点を押さえれば、普段使いが可能である。だから、今やアンティークウォッチを買う人が増えている。とりわけ、1950年代から70年代までに作られたオメガ、ロンジン、チュードル、IWC、ロレックスなどは、まだ価格も高くないし、きちんと整備された物を買えば、デイリーウォッチとして十分使える。とりわけ昔のオメガは、その内容を考えれば大変お買い得だ。

アンティークウォッチを扱う上で、いくつかのお約束がある。まずは水に近づけないこと。例え防水ケースを持つ時計であっても、防水パッキンや、裏蓋とケースの噛み合わせが痛んでいる場合が多い。水がかかったら、一発でアウトだ。またアンティークに限らず、機械式時計は大変磁気に弱い。そのため、磁気には絶対に近づけないこと。磁石に近づけると、心臓部に収まったヒゲゼンマイという部品が磁気を帯びて、時計に遅れ進みが出たり、最悪の場合は止まってしまう。身の回りに磁石なんてないように思えるが、実はカバンの留め金や携帯電話のスピーカー、車のパワーシートや、スマートフォンのカバーなど、至る所にある。ただし時計を磁石から5cm外せば磁気帯びしない。アンティークウォッチに限らず、時計は磁石から離す習慣を付ければ、時計はずっと長持ちするはずだ。また日付付きの時計は、午後8時から午前3時の時間帯で、日付を早送りしないこと(例外はある)。日付が壊れると、修理費は高く付く。

 

この三つのお約束さえ守れば、アンティークウォッチは本当に面白い。1950年代や70年代の車やカメラは普段使いできないが、時計は可能なのだ。それにデザインも面白いし、クオリティーも高いのである。例えばオメガの通称「30mm」。約300万個近く作られた量産品だが、ムーブメントの設計が良く、部品の質も高いため、メンテナンスを怠らなければ、一生使えるはずだ。市場では10万円台から買えるが、今同じムーブメントを作ろうと思ったら、70万円では無理だろう。

 

ではどんな時計がお勧めなのか。信頼できる店に並んでいる物ならば、好きな物を買えばいい。ただし、もしあなたがアンティークウォッチの扱いに不慣れならば、日付表示のない、手巻きの時計をお勧めしたい。ケースが薄いためシャツの袖に引っかかりにくいし、誤操作で日付表示を壊す心配も少ない。それに毎日ゼンマイを巻き上げる作業はきっと楽しいはずだ。加えて言うと、ケース素材はできればステンレス、もし小傷をつけないなら金。そして防水ケース入りであれば、気兼ねなく普段使いできるだろう。あくまで個人的な意見だが、アンティークウォッチを壊さずに使える人は、立派な大人なのである。

 

ただしアンティークウォッチは、基本的に一期一会だ。気に入った時計を逃したら、また同じ時計に出会えるという保証はない。もし気に入った時計があるならば、まずは腕に載せてみること。そこで納得したなら、買うことをお勧めしたい。確かに安くはないが、好きな時計で自分の時間を確認するという作業は、きっと日々の生活を、より豊かにしてくれるはずである。

広田雅将
Masayuki Hirota

 

<プロフィール>

時計専門誌『クロノス日本版』編集長。1974年大阪府生まれ。一般企業を経たのち、2006年から時計ジャーナリストとなる。2016年から現職。共著に『アイコニックピースの肖像30』『ジャパン・メイド・トゥールビヨン』がある。ドイツの時計賞であるウォッチスターズ審査員。